「建築は建築家個人の『作品』ではありません。建築主との対話から生まれる『共創』です。建物には建築主の人柄や、自然や社会への向き合い方がにじみ出ます。だからこそ、私は設計の初期段階から『建築主の思い』と『環境への配慮』の両方を大切にしています。」
― A&A HPより抜粋 ―
この文章からどんな印象を受けるだろうか。建築設計事務所の一般的なプロモーションストークであると思う人もいるかもしれない。しかし、実際にはそんな軽い言葉ではないということを、ここではお話ししたい。今回はHP内の「共創」「建築主の思い」「環境への配慮」という言葉の核心を、設計者の「人物像」や「設計に対する真摯な姿勢」から解き明かし、その言葉が持つ重さと深さを感じていただければ幸いである。
序章
「良い建築とは何か?」 この問いに明確な正解はない。相手や状況、物差しの選び方で議論のテーマが変わることは承知しつつも、私は常にこの答えを探し続けている。そんな折、最近一つの回答となり得る建築を視察する機会に恵まれた。私はそれを、設計者の「洞察力」「思考回路」「経験値」という3つのキーワードで表現できるのではないかと直感した。建築そのものから得たインスピレーションとともに、設計者のこれまでの言動を思い返し、「よい建築」に至る設計者と施主、そして建築の関係性について読み解く試みである。
その人物とは、A&Aの代表・近藤彰宏氏である。彼は古くからの友人で、共に海外視察へ赴き、数々の建築情報を共有してきた仲間だ。前職は互いに別会社の設計部で、時には競合者、時には協働者でもあった。現在はそれぞれが事務所を設立し、独自の活動を展開しながらも情報交換を続けている。大げさに言えば、筆者は彼の足跡を少なからず把握しており、またその思考回路をよく知る一人である。
洞察力
まずは、彼の強力な武器である「洞察力」について触れたい。 建築の設計において、施主の思いやプロジェクトに関わる人間模様への配慮は不可欠だが、彼の施主や建築、さらには街全体に対する気配りには、非常に鋭い観察眼とロジカルな説得力がある。それを実にさりげなくこなす姿に、私は「強い星のもとに生まれましたね」と冗談めかして言ったりするのだが、実際には非科学的な強運などではなく、彼の生来のホスピタリティと多角的な観察眼が導く、必然的かつ合理的な結果にほかならない。
あらゆるプロジェクトにおいて、潜在的な課題や未来の可能性を事前に的確に予見(洞察)できていれば、周到な準備が可能になり、当初の想定を超えるハイクオリティなゴールが見えてくる。これまで彼が発揮してきた洞察力は、施主の思いを真の意味で具現化し、建築の質を一段引き上げるための重要な立役者となっている。
思考回路
次に、彼の思考の源泉について紹介したい。 彼と建築について話していると、設計に対する考え方が非常にシンプルで合理的であることがわかる。ホームページ掲載の「那須塩原の家」の解説において、彼はこう述べている。 「アアルトの自邸(吉村順三先生もそうですが)のように自然体で心地よく無駄のない動線というお手本を目指したので、私も肩の力を抜いて設計できました。」
彼は巨匠たちのスタイルを模倣しているのではなく、「心地よく無駄のない動線」という本質的な価値に着目し、それを自分のものとして取り込んでいる。ここで言う「無駄がない」とは、単に距離を最短にするといった機械的な意味ではない。
施主の「あれもしたい、これもほしい」という要望に対し、提案をただ単に「足し算」で重ねていくだけでは、空間は統一感を失い散漫になってしまう。対照的に彼の真骨頂は、施主の暮らしを深く洞察した上での「引き算的思考」にある。これは要素を削って無味乾燥にするという意味ではない。施主が求める多彩な想いを受け止めつつも、背景にある本質を見極め、空間の骨格や視線の軸をシンプルに整理・純化(引き算)させるアプローチだ。 枠組みをシンプルに研ぎ澄ますからこそ、後述するような施主の個性的で豊かなアイデアが喧嘩することなく、空間の中で鮮やかに際立つのである。かつてミース・ファン・デル・ローエが唱えた「Less is More(より少ないことは、より豊かなこと)」の真意がここにある。
経験値
彼の設計思想を支えるもう一つの柱が、前職時代に培われた膨大な「経験値」である。 彼は大手設計会社で長年にわたり医療施設を担当し、数々の難局を乗り切ってきた。病院設計には、経営者、医師、看護師、技師、施設管理者、そして患者とその家族という、多種多様で時に相反する要望を持つステークホルダーが存在する。膨大な時間をかけて対話と交渉を重ね、全員の納得を引き出しながら一つの建築にまとめ上げる作業は、想像を絶する難易度である。
彼はその過酷な修羅場を数多くくぐり抜けてきた「対話と合意形成のプロフェッショナル」なのだ。 先述した「洞察力」と「引き算的思考(シンプルな空間整理能力)」、そして多角的な要望をきめ細やかに処理してきた「経験値」。この3本の矢があるからこそ、彼は施主のいかなる多様な要望もしっかりと受け止め、無理なく自然に一つの建築へと集約させることができるのである。
「吉祥寺の家」
その具体例が、先日訪問させていただいた「吉祥寺の家」である。 住宅が密集し、敷地や道路に制約が多いエリアでありながら、外観・内観ともに清楚でモダンな佇まいを見せている。
この住宅において、設計者・近藤氏が最大の提案の骨子(コアコンセプト)としたのが、建物の四辺に凹型の坪庭を配置し、特に地下から2階までを縦に貫く「階段室」をメインの坪庭に正対させた点だ。2次元の図面やパースだけでは施主にもその真価が読み取れなかったであろうこの立体的な空間構成こそが、最大のハイライトである。館内を上下移動するたびに自然と光と緑を感じられ、縦に抜ける開放感を生み出している。
そして特筆すべきは、施主から出された一見突飛で難易度の高い数々の要望を、設計者が確固たる空間軸の中に美しく吸い上げ、見事に昇華させている点にある。
例えば、本格的な「地下スタジオ」である。当初、設計者はコストや環境面から半地下を提案したそうだが、施主の強い希望により完全な地下室として進めることになった。通常であれば密閉感の出やすい地下空間だが、設計者が構築した「階段室と坪庭の縦の抜け」のおかげで、光と風を感じる住居スペースと違和感なく一体化している。施主が「自宅に地下室をつくって本当に良かった!」と語る満足度は、この設計力があってこそである。
また、坪庭に鎮座する立派なシマトネリコも印象的だ。これは「すべての庭に自然を感じられる樹木を」という設計者の提案に応え、施主自らが選び抜き、クレーンを使ってまで搬入した渾身の作だという。設計者の骨太な空間構成と、施主の並々ならぬ熱意が見事に融合した素晴らしい相乗効果と言える。
さらに、2階廊下の床の一部に設けられた「ガラス床」も施主からのユニークな提案だったという。下階を見下ろす視線が住宅に子供のようなワクワク感をもたらしている。インテリアにおいても、施主の強い希望であった鮮烈な「深紅の壁のクローゼット」に対し、設計者はその背景にある「ルイス・バラガン」への憧憬を見抜き、共通言語としてデザインを整理・展開してみせた。
地下スタジオ、ガラス床、深紅の壁。施主のこだわりや遊び心が詰まった一見盛りだくさんな要素群が、ごちゃごちゃせずに美しく調和しているのはなぜか。それこそが、近藤氏の真骨頂だからだ。ベースとなる空間(坪庭と階段室の軸)を「引き算」によってシンプルに整理しているからこそ、施主の足し算的な要望をあたかも最初から計算されていたかのようにごく自然に建築の中に吸収させ、鮮やかなアクセントとして際立たせることができるのだ。これこそが、彼が実践する「共創」の真の姿である。
ライフパフォーマンスということ
今回お話しした彼の「洞察力」「思考回路」「経験値」は、設計者・近藤彰宏の人間的価値であると同時に、施主側にとっては「思いを実現し、期待を超える価値を受け取ることができる」という約束でもある。
世の中の建築プロジェクトでは、コストパフォーマンスやタイムパフォーマンスといった理屈が優先され、本来目指すべき「住まいの心地よさ」が見失われることもある。しかし彼の建築に触れると、「ライフパフォーマンス(人生の充実度)」という言葉が思い浮かぶ。「共創」を通じて「建築主の思い」を具現化した住まいが、そこに暮らす人の人生をいかに豊かに彩るか。その尺度において、「吉祥寺の家」は極めて高いライフパフォーマンスを実現した「よい建築」であると確信する。
このライフパフォーマンスは、「洞察力」というファンファーレで幕を開ける。そして設計者の「思考回路」が紡ぎ出すシナリオ、「経験値」という舞台装置が整ったステージの上で、住む人が主役となって最高の物語を繰り広げていくのだ。
この文章を読んでいただいた読者の方々には、ぜひ一度彼の建築を体験していただきたい。A&Aのホームページには、「那須塩原の家」「立川の家」「那須 夏の家」、そして今回紹介した「吉祥寺の家」などの写真が掲載されている。その美しい空間の背景にある深い対話と思想を感じ取っていただければ幸いである。
SAR建築研究所 代表 杉山靖尚
